今日のお金の勉強は、インフレについて。特に近年目立って増えていた「ステルス値上げ」の実態を通して、インフレの真の恐怖について学んでいきます。
「いったいステルス値上げって何?インフレってどういうこと?わたしの預金がどうなるって言うの?」と思ったあなた。
「ステルス値上げ」の意味とメカニズムを通し、インフレとさらにその先にある恐怖について、専門家のインタビューも交えながら一緒に考えていきましょう。
★本記事は前回の「72の法則」とあわせて読むと、より切実にあなたのお金に直結する問題とわかると思います。
目次
ステルス値上げってどういう値上げ?英語でいうと?
近年よく耳にする「ステルス値上げ」。これっていったいどんな値上げでしょう。
価格自体は据え置きで変わってないんだけど、内容量が少なくなっているから消費者にとっては実質的な値上げと同じ。こういうのを「ステルス値上げ」と呼びます。
ステルスには「こっそりと」「隠密に」という。
消費者に気づかれにくい宣伝行為をステルスマーケティング(ステマ)、敵レーダーに見つかりにくい戦闘機をステルス戦闘機(写真)と言いますが、あのステルスです。
英語ではこれを「シュリンクフレーション(shrinkflation)」と言います。
内容量が「シュリンク(収縮)」する「インフレーション(物価上昇)」という造語で、景気停滞期の物価上昇を示す「スタグフレーション」と対比させる言葉として生み出されたようです。
近年、食品メーカーなどを中心に値上げが一気に浸透してきましたが、その中にはこのステルス値上げもけっこうありました。
下は近年ステルス値上げした有名商品の一覧です。思いつくかぎり挙げてみましたが、知らなかったという人も多いのではないでしょうか。
- 明治おいしい牛乳
- 明治ブルガリアヨーグルト
- カントリーマアム
- ドロリッチ
- うまい棒
- 雪見だいふく
- ハーゲンダッツミニカップ
- キットカット
- 明治ミルクチョコレート
- ポッキー
- 亀田の柿の種
- カルビーポテトチップス
- ブルボン アルフォート
- セブンイレブンのお弁当
下は日刊ゲンダイがまとめたステルス値上げの一部です。
これを見ると、ステルス値上げは食品にとどまらず、せっけんや洗剤などの日用品、鉄道の本数、営業時間短縮など、広範囲にわたって広がっているようです。
そもそもインフレってなぜ起こるの?
現在のインフレ(物価上昇)はいったいいつから、どんな理由で起きたのでしょうか。
兆候は2021年から徐々に現れていました。
2020年から世界でコロナウイルスが感染拡大し、都市封鎖(ロックダウン)や工場閉鎖による生産休止で経済がダウンしたことで、各国政府は景気を下支えするために極端な金融財政政策を余儀なくなれました。
支援金などの名目でお金を配る一方、ただでさえ低い金利をさらに下げることで、市中に出回るお金をどんどん増やしたのです。
しかし、コロナ禍で使い先のないお金はダブつき、企業の余剰金や人々の預貯金、株式市場に流れるなどして有効な経済対策とはなりませんでした。
そしてコロナが下火になり、経済が再開して企業の生産が回復してくると、それにともなって今度は原材料と労働力が不足し始めました。半導体チップや産業用のレアメタルなんかがそれにあたります。
もともとコロナ禍で生産が限られていたため、いざ必要になるとこれを奪う合う形になり、「供給<需要」で価格がどんどん上がっていきました。
同様に、働き手も不足して取り合いになったことで、企業は給料や時給を上げて人材確保に動きます。この人件費も商品生産の大きなコスト増となるのです。
そこにもってきて、2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まりました。
これにより両国の代表的な輸出産品であるエネルギー資源や鉱物資源、農産物の世界供給が、ロシア産は各国の経済制裁により、ウクライナ産はロシアの港湾攻撃などにより激減しました。
それが資源・エネルギー不足に拍車をかけ、インフレが顕在化していったのです。
たとえばロシアは、資源エネルギー大国であり、平時にはこれだけの資源を輸出しています(下図)。
マネックス証券・マネクリ「ロシア・ウクライナ情勢と欧州の脱炭素」より
鉱物資源ではニッケル、チタン、パラジウムなど、農産物では小麦、トウモロコシ、ひまわり油、肥料なども両国が世界的な一大産地となっています。
たとえば小麦の生産量は、ロシアが世界第1位、ウクライナは第5位(いずれも国連調べの2020年統計)と巨大で、途上国はじめ世界の多くの輸入国に深刻な影響をもたらしています。
エネルギーの高騰は電気代や輸送コストに、鉱物資源は工業製品、小麦は食品の原材料価格に、肥料は家畜の生産価格にそれぞれはねかえってきます。
ステルス値上げの裏にある日本ならではの特殊事情とは?
インフレとなり輸送費や電気代、原材料コストがかさむと企業は利益が圧迫されて減ってしまいますから、当然製品やサービスの値上げをしないとなりません。他国ではそれがあたりまえだったりします。
ところが日本は、この30年というもの国民の所得が上がっていません。毎年のインフレ率に照らして考えれば実質的には減っているのです。
それは、社会保障費増大を理由に所得減税が廃止された一方、消費税や社会保障費負担が増ましたためでしょう。
これにより国がいくら財政出動しても、老後が不安な国民の財布のひもはかたくなり、個人消費は冷え込んだままとなりました。
企業のが側から考えると、終身雇用&年功序列賃金の硬直化した日本型雇用の枠組みの中では、欧米のように社員をレイオフ(解雇)して人件費をカットし、経営体質の強化をはかることもままならず、したがって社員を養っていくために内部留保を増やし、景気後退に自ら備えなくてはなりません。
企業が賃金を上げないから国民の所得は増えず、したがって消費が増えない、だから企業の収益も改善せず、賃金は上げられないという負の連鎖。これを「デフレスパイラル」などといいますね。
そこに追い打ちをかけるように原材料価格高騰が襲ってきたわけですが、企業はそれを価格に転嫁できません。
所得の上がらない個人は消費を増やしませんから、企業はたとえ人気商品といえども軽々に値上げができないのです。値上げには反発も大きく、ファンが離れてライバル企業の商品にうつってしまう恐れがあるからです。
そこで企業は、価格は変えずに内容量だけを減らす「見えない値上げ」によってコスト増をなんとか吸収するという、苦渋の選択をしました。
これが僕が考える日本にステルス値上げがはびこる理由です。
日本人はステルス値上げに意外と寛容?
商品の量が減っていても、たまにしか買わない人は「こんなもんだったかな」と思うだけかもしれません。
でもよく買う人なら、手に持った瞬間、あるいは袋を開けた瞬間、「やられた」とわかりますよね。
モノによっては2回も3回もステルス値上げを繰り返していて、もとの商品に比べて内容量が3割も4割も減った商品もあるようです。
「値上げ備忘録」という個人サイトには、各種商品の価格と内容量の変遷が詳細に記録されていますので、参考にしてみてください。
でも消費者は、代替商品がない限り、仕方ないので買い続けます。半ば習慣化している食生活などは変えられませんしね。
で、いつのまにかこの減った量と価格が定着してしまうわけです。
「令和元年版消費者白書」にこのステルス値上げに対する消費者意識についてのコラムがありました。
消費者庁の物価モニター調査によれば、「3年前と比較して実質値上げが増えたと感じる」と回答した人は82.2%に上り、「日常的に買っている商品について、実質値上げが原因で買う商品を変えた(または買うのをやめた)ことがある」と回答した人は24.8%となるなど、企業の実質値上げに対し、消費者が敏感に反応していることが分かります。(消費者白書コラム「実質値上げ(ステルス値上げ)に関する消費者の意識」より)
「実質値上げが増えたと実感している人」が8割を超えています。これは2018年の調査ですから、2019年春、そして2022年春と秋の相次ぐ値上げを加味したら、おそらく9割以上に増えるのではないでしょうか。
これだけの人が実感してもステルス値上げが減らないのは、価格が上がっていない分、消費者も寛容になり、「企業も価格転嫁できずに困っているんだし、まあ仕方ないか」とあきらめているせいもあるのでしょう。
ちなみに僕が「ステルス値上げ」という言葉をはじめて知ったのは2018年春のこと。毎朝食べていた明治ブルガリアヨーグルトが、450gから急に400gに減ってしまったのです。
2回に分けて食べていたので、食べるごとに量が減るのが非常に腹立たしかったのを覚えています。付属していたグラニュー糖もいつの間にか消えましたが、これもステルス値上げのうちでしょう。
思い起こせば、毎朝飲んでいた明治の「おいしい牛乳」も1000㎖から900㎖に量が減りました。
そのときメーカーが発表した理由は「(本体をスリムにすることで)お年寄りやお子さんに持ちやすくした」とかなんとか、そんな苦しまぎれの言い訳だったと記憶しています。
でも最近はメーカーも「原材料や燃料価格の高騰によりやむをえず」と正直に理由を説明していますね。
もっと怖い「品質劣化」ステルスが進行中
しかし、ことは量を減らすだけの問題にとどまりません。
「内容量の減少」よりもっと深刻なステルス値上げがあるそうなのです。
これについては、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(MURC)が発表した興味深い分析レポートがあります。
「デフレより心配なステルス・インフレ」(2018年12月)
日銀のインフレ目標2%がなかなか実現できないでいるのと対照的に、総務省統計局の消費者アンケートでは「物価に対して感じる体感温度」はすでに5%近く上がっている。この乖離(かいり)はどこから生じるのか、それは何を示しているのか、を分析したレポートです。
「物価の体感温度が上がる」とは、実際に物価が上昇したかどうかではなく、あくまで「感覚的に上がったなあ」という感じです。
レポートの分析結果を僕なりにかみくだいてまとめると、次の2点に要約できます。
- 頻繁に買うものほど物価の体感温度に連動している。
- その体感温度の上昇が、内容量の減少だけでなく、「品質の劣化」として消費者に感じられている可能性がある。
原材料費を抑えて質を劣化させる。これも立派なステルス値上げの1つです。
ちょっと複雑な分析ですが、メーカーが調達する原材料費(日銀の製造業投入物価指数)が上昇すると、少し遅れて消費者の「体感指数と物価指数(頻繁に買うもの)の乖離」が大きくなる傾向がある(下図)。
まあ簡単に言うと、メーカーが「原材料費、高っ!」と感じたら、ちょっと遅れて消費者が実際の商品の価格を見て「商品、高っ!」と感じるってことです。
政府の物価調査に抜け穴?!
量が減ったものは内容量の表記さえあれば単価の上昇が割り出せるため、政府(総務省統計局)はこれを加味した物価指数の調整ができます。
しかしこれだけ消費者の体感指数と物価指数に乖離があるのは、政府も加味できないステルス値上げが目立ってきているからではないか、と分析レポートは語っているわけです。
「えっ、政府の物価調査に見落としがあるってこと?」って疑問に思いますよねえ。
そこで調査レポートをまとめたMURC研究主幹の鈴木明彦さんにお話をうかがいました。
原材料の良しあしや、もともと内容量の記載がない商品の中身まではさすがに政府も日銀も調査できません。
だから実際の物価上昇と消費者が感じている価格感とのズレが開いてしまうというわけですね。
世間の賃金が上がらない中、商品価格だけを上げれば売上げが落ちる。だから、企業は価格を上げずに分量を減らす。それでも材料高をカバーできないとなると、今度は質を落とし始める。
でも品質の低下は企業のブランド力を下げ、ひいては海外製品との競争力も低下させます。物はますます売れなくなり、社員の給料も上がらない。
こうした負のスパイラルが日本では進行しているわけです。
鈴木さんもこうおっしゃっています。
*鈴木さんのインタビューはご本人の許可を得て掲載しております。鈴木さん、ありがとうございましたm(__)m
あなたの預貯金はすでに減っている
前に書いた記事で、「インフレは必ずやってきて、貨幣の価値は下落する。だから預金は減っていく」と書きました。
ちょっとおどしすぎたかも、と反省しましたが、やはりおどしておきます(笑)。
賃金が上昇しない不健全なインフレ、本当に値上がりしているのか気づきにくい、まるでぬるま湯につかっているようなステルス値上げの進行によって、今このときにも現金の価値はどんどん下がっていっています。
2023年に多少賃金は上昇しましたが、インフレ率を加味すれば実質賃金はまだ下がっている計算になります。
つまり、あなたの稼ぎも、たくわえているお金も、何もしなくてもどんどん目減りしているんです!
年金不足、賃金低下、そして見えないインフレの三重苦がこれからも続きます。将来のお金の不安を解消するには、「預貯金なら安心」という妄信を捨て、一刻も早く「お金に働かせる」ことを考えた方がいいでしょう。
「投資は怖い」なんて言っている場合ではありません。銀行や金融機関に現金を預けることは「最も割の悪い投資」なのだとそろそろ気づいた方がいいですよ!
- お値段そのままでも内容量だけ減っている実質値上げ(ステルス値上げ)が進行中。
- 欧米ではシュリンクフレーションという。
- 量減らしより深刻な品質劣化のステルス値上げも増えている。
- 消費者物価指数より物価体感温度が高くなっている。
- 見えないうちに貨幣の価値は下がっている=実質的に預金は目減りしている。